「典膳、よう戻った」
久しぶりに顔を合わせた典膳を、一刀斉は破顔して迎えた。
「ご心配おかけ致しましたること、御容赦願いまする」
「典膳」
謝辞を述べる典膳に、善鬼が声をかけた。
「信じておったぞ、わしは」
「善鬼殿」
典膳が善鬼に何とも言い難いまなざしを向けた。
「当然にござる。拙者、善鬼殿以外の者の手になど絶対に掛りませぬ故、安心して下され」
「左様か」
善鬼の言いたかったのはそういう事ではなかったが、兎も角典膳が戻ってきた事で一安心した。
「戦の方は残念じゃったのう」
「誠に__」
典膳の奮戦も空しく、万喜城は遂に落ちなかった。その一方で里見家の怨敵北条氏は壊滅の憂き目にあった。
秀吉に抵抗して御家芸の籠城戦で戦う北条家だったが、相手が全国の大名全てでは一溜りもなかった。武田信玄、上杉謙信など、名立たる武将の猛攻に耐えてきた難攻不落の小田原城も城取り名人と言われた秀吉の戦略と、天下の総兵力を向こうに回しては最初から勝敗は見えたも同然である。半年足らずの抵抗も虚しく小田原評定という故事だけ残して敢え無く落城、こうして最初の戦国大名と言われた北条早雲の築いた一大関東勢力は、戦国時代の最後を飾って滅亡した。
北条氏は滅ぶべくして滅んだとも言える。
ここに秀吉の天下統一は完成し、六十余州全ては豊臣家の支配下に入ったのである。
「何やらややこしい事になっておるようじゃのう」
北条氏とともに土岐氏も秀吉に掃討され里見氏としては喜ぶべき事態の筈だったが、事はそう思い通りには進まなかったのである。土岐氏との戦に執着し、小田原攻めに遅参した里見義康の態度に秀吉が激怒し、何やら雲行きが怪しくなってきつつあるのだ。
「まあ良いわ、誰が天下を治めようと、我らには関係のない話よ」
善鬼は言ったが、実は彼らの運命も、天下統一の余波を受け大きく歪んでいったのである。
典膳に仕官の話が持ち上がったのは文禄元年も暮の話であった。出仕先は徳川家、北条家滅亡後に豊臣政権から任命された関東の新しい領主だった。
持ち込んできたのは主家の里見家である。この時、秀吉の勘気を被った里見家は改易の危機にあったが、徳川家康が間に入ってとりなし、領土を削られたものの存続を許された。何やら八百長臭い話である。秀吉と家康の間であらかじめ交わされた狂言の可能性もある。
典膳は余り乗り気ではなかった。別に理由は無い。まず、新たに乗り込んでくる新領主に鞍替えするのは余り良い気はしなかったし、何よりも一刀斉一門から離れたくはなかった。
「それがしは今、伊藤一刀斉の門人でありますれば、その身の振りに関しては全て師の一存に任せており申す」
事実その通りだったし、仕官を断るための口上でもあった。
「されば、一刀斉殿に口添え頂こう」
里見家は使者を送った。
一刀流の伝書によればこの時、徳川家康が一刀斉の高名を聞き、出仕を望んだとあるが、まずあり得ない話である。家康には次のような逸話がある。ある時城内に乱心者が現れ、抜刀して暴れ回った。この時、最近召し抱えた遠州出身の兵法者が一人で立ち向かい、素手で乱心者を取り押さえた。家中ではその武勇を褒め称え、大層評判となったが一人不快な顔をした者がいた。他ならぬ家康であった。彼の言い分によれば、
「刃物を振り回すような者に対しては、人数を揃え然るべき道具を持って取り押さえれば済む事である。然るに一人で、それもわざわざ素手で取り押さえようなどと言うのは己の腕前を誇ろうという見栄に過ぎぬ。斯様な者がおっては家中の団結を乱す故、即刻放逐せよ」
とこんな具合であるから、わざわざ腕自慢の武芸者など雇おうと言い出すとは考え難いのであった。
徳川家康が常盤橋において行われた師岡一羽斉の弟子、根岸兎角と岩間小熊の有名な同門対決を江戸城から観覧したと言われるが、別にその勝者を召抱えようなどとした訳ではない。花火でも見物するような気分であったのだろう。
柳生石舟斉との逸話も怪しいものだ。家康が無刀取りを見てみたいと所望し、自ら打ち込んできた太刀を石舟斉が素手で取り上げて面目を施したというこの逸話、仮に事実だったとしても、別に武芸を尊んで召し抱えた訳ではあるまい。考えられるのは、この時家康が名人として名高い石舟斉の体面を重んじ、自ら引き立て役を買って出た、少なくとも本人はそう思っていたという事である。一方、石舟斉もその腹の底を機敏に察し、相手の気遣いに感謝して見せた、そういった二重三重にとぐろを巻いた回りくどい社交辞令の表れだったのではないか。実際、江戸時代にはこのようなまるで意味もないと思われる無駄な仕来たりや法律がしこたま設定され、天下の士民から精気を削り取ることで長期に渡る安定政権を築いたのである。家康は肩書や世間への名声、或いは身分に拘り、いわゆる免許皆伝も剣術のみならず、馬術や砲術など、多岐に渡って習得したが、実力主義などという物を最も嫌った人でもある。寧ろこうした第三者の評価こそが社会的に重厚な人間の証明であって、他者を見下し己の力を周囲に誇る実力主義などは浮華なる虚栄であると信じていた。一面の真理は有るであろう。良かれ悪しかれ現在の日本における肩書社会の礎を築いたとも言える。馬術と言えば織田信長も馬が好きで盛んに乗りこなした。しかし、別に取り立てて師範など雇わず自分で馬を責め立て、輪乗りという難しい操馬法も独力で身に付けたが馬術など一切習わず、生涯無免許運転を通したのだった。
では、家康が典膳を仕官させたがる理由とは何であろうか。別に徳川家の方とすれば誰でも構わない、兎も角地元の出身者を募って召抱えようという話だったのだ。この頃、一応秀吉との一件で里見氏に恩を売ったとは言え彼らの旧領の一部を配下に治めるのである、上総を含めた関東の新領主に赴任した徳川家としては生え抜きの地侍を何人か新規採用し、地元の不満を和らげる必要があった。知行を減らされた里見家としては有難いとも悔しいとも言い難い話だった。要するに、典膳を選んだのは徳川家ではなく里見家の方である。里見家からすれば泣く泣くやった口減らしであった。それでは何故、典膳なのだろう。一つは素朴な見栄であった。如何に新たな領主とは言え、三河の泥田から這い出してきたような肥臭い成り上がりに侮られてはならじと、高名な伊藤一刀斉の門人として一族一党でも世間に名の知れた神子上典膳に白羽の矢を立てたのである。
里見家の使者から事情を聞いた一刀斉は快諾した。矢張り、人間は落ち着くべき場所を得るのが一番なのである。長い放浪生活の末、彼はその事に気づいた。既に天下は統一され、時代は安定期に入ろうとしている。
典膳が仕官してしまったとすれば、善鬼はどうすれば良いのだろう。何、無理に仕官する必要はあるまい。第一善鬼の性格からして宮仕えなど出来る訳はない。これだけ彼らの知名度も上がったのだ、どこぞで道場でも開けば食うに困ることはあるまい。
これで一刀斉一門も解散である。唐突な感じもするが、もののはずみで巡り合った三人が、もののはずみでそれぞれの道を行く。これも人生ではないか。二人の弟子たちは、自分の為に本当に良くやってくれた。今の一刀斉の名声は、半分は善鬼と典膳の力に寄るところが大きい。特に善鬼には世話をかけた。
一刀斉には心残りが無い訳でもない。
"善鬼めに本懐を遂げさせてやれなんだか"
それを思うと後ろめたい気持ちも無いではない。
善鬼に嫁を持たせよう。
ふと、一刀斉は考えた。今回の仕官話で恩を売っておけば里見家もそのくらい世話してくれるであろう。氏も素性もない善鬼だが、当今その程度の事は問題ではなかろう。天下様ですら百姓の出なのだ、その位はどうという事もない。別に然るべき身分の姫君でなくとも、家臣の誰かから適当な娘を選んでもらえばそれで良い。どうしても無理なら百姓の娘でも良かろう。あの膳鬼が口うるさい女房にどやしつけられ、巨躯を縮めて畏まっている姿を想像すると、一刀斉の口元は自然と綻んだ。
自分はどうするか、どうせ老い先短い年齢である。どこかに庵でも結んでひっそりと暮らそう。近所の子供に剣術でも教えてのんびりと余生を送るのも悪くはない。
何という変わり様であろうか。
それはもう外見にも表れていた。病み衰え、痩せこけたその姿からは凄味も貫録も伝わっては来ない。既に一刀斉は完全に往年の覇気も闘志も失って、今では只の隠居になり果ててしまったようである。
「__という次第じゃ」
一刀斉は善鬼、典膳の両名を呼び、上座から仕官に当たって推薦状を用意したと、その旨を伝えた。戦場往来の荒武者ならば旧主から戦働きに応じて感状が下されるが、兵法者の場合それが無いので師匠が推薦文を書き上げるのであった。
善鬼も典膳も、顔を伏せたまま師の話を聞いていた。一刀斉にも、彼らの気持ちは痛いほど良く分かる。
"そなたらの為じゃ"
この年まで住居も定めず家庭も持たず、世間に背を向けてひたすら孤高の身の上を貫いた一刀斉が実感した、痛切な世間智であった。若い彼らに同じような苦労をかけたくはない。一刀斉の親心であった。しかし、親の心子知らずと云う諺の通り、善鬼も典膳も納得しかねるようであった。
"致し方あるまい"
彼らの意見も聞かず勝手に話を進めるのは気が咎めるが、こういう事は時期を逸してはまとまる話もまとまらなくなってしまう。余り待たせると、里見家の方で別の誰かを推挙するかもしれない。事は迅速な方が良いのだ。いつかは感謝してくれるであろうと一刀斉も思った。別に感謝せずとも良い、正直な話、彼自身が疲れてしまったのだ。
「典膳、それで良いか?」
すぐには答えず、典膳は顔を伏せたまま黙っていた。
善鬼は傍らで典膳の次なる言葉を、耳を澄ませて待っていた。
勿論、断る事を期待して。
「__承知仕りました」
苦しい決断を下した、典膳の回答である。
善鬼は目の前が真っ暗になった。
"矢張り、違うのか__"
善鬼は思った。
典膳は自分と違う。所詮、主持ちの侍なのだ。仲間だと信じていた典膳に裏切られた気分であった。善鬼には、一刀斉と典膳しか居ないのだ。単に身分や素性の事だけではない。善鬼は凡そ人から好かれる性格ではなく、自分から積極的に心を開く事もない。その自分を兄弟子と押し立て、胸襟を開いた友垣が典膳であった。それだけに、仲間として共に闘ってきた典膳と袂を分かつのは身を切るように辛かった。しかし、本人はそれを自覚できていない。認めるのが辛かった。只、自分でも説明のつかない憤りが全身に駆け巡っていた。
典膳が一刀斉の命に従ったのは、単に師匠の指示であったと云うだけではなかろう。矢張り彼は代々主に仕えてきた武家の出なのだ。
同門、というより戦友に近い善鬼より、主家の命を優先したのである。
"典膳よ__"
己自身、意識せざる善鬼の心の内は、恐らくこのような言葉になったであろう。
"典膳、貴様は行くのか。俺をおいて一人行ってしまうのか"
もしかしたら善鬼の典膳への想いはある種、衆道のそれに近かったのかも知れない。
「典膳__」
一刀斉が妙な巻物を手にした。
「これは我が流儀の秘伝じゃ」
秘伝の巻物__そのようなまやかしを最も嫌ったはずの一刀斉が、今では斯様な代物を用意して世間を謀るとは、その変貌ぶりにも善鬼は凄まじい怒りを覚えた。
「何、世間ではこのような小道具が珍重されるでな。わしの教えはこのような紙切れには入ってなどおらん。そなたら二人の血となり肉となって脈々と息づいておるわ」
一刀斉は笑ったが、善鬼も典膳も一言もない。
「ついては典膳、仕官に当たっての推薦状じゃ」
一刀斉は読み上げた。
「右の者、神子上典膳、この者技輛抜群にして数多の他流試合に臨み尽く勝ちを得たり。その兵法天下に並びなく、我が一門においても第一等と認める……」
「御待ち下され」
口をはさんだのは善鬼であった。
「我が一門において第一等とは如何なる事におわしますや?」
善鬼の疑問に、一刀斉は凍り付いた。
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