2007年11月14日水曜日

小金ヶ原異聞 ~一刀流創成記~    其の壱


 

  
 


 


 

伊藤一刀斎の前に、一人の男が立っていた。

一刀斉は良くその男を知っている。男も一刀斉とは切っても切れない間柄である。

「師匠殿__」

男は静かに言った。外見上は静かな、些かの動揺も無いかの如き風情だが、その内面には極限の緊張が漲っていた。

「師匠、無心がござる」

「申してみよ」

「この__」

男は静かに抜刀した。

「師匠よりお教え頂いた」

そう言うが早いか、刀を下段に構えて言った。

「地摺り青眼の止めよう、ご教授願いたい」

「うむ」

一刀斉は静かに頷くと、おもむろに刀を抜いた。一文字作の名刀、瓶割の太刀である。

一刀斉も同じように地摺り青眼に構える。

どちらも動かなかった。

両者の間合いに蟠った鋭い沈黙が、手応えのある気合いを挟んで更に強張ってくる。研ぎ澄まされた静寂に立つ師弟の間に生じた深淵な殺気が、益々深みを増していった。

対峙して、どの位時間が経ったのか分からない。

世界の全てが停止していた。

ふと、一刀斉が動いた。

それに合わせるかのように、男も動いた。

静かだった。

そのまま、僅かの滞りもなく両者は歩を進め、間合いに近づいて行く。

下段に構えた太刀先が、地を擦る様に見えた。低く構えていると言う事ではない。まるでそう思えるように、沈んで見えていた。太刀を持つ手の力を抜いて、構えた刀が地を摺る様に下に押し込む、いや、無理に押し込むのではなくその様に安定した感覚を保つ。いわゆる、手の内が固まらねば出来るものではない。因みに、剣術で俗に"手の内が固まる"と呼ばれるのは、単に握力が増すとか手首が強くなるといったものではない。それも含まれてはいるが、手首から先だけではなく腕の付け根まで、かいな全体が固定する感覚を言うのだ。北派の中国拳法で言う所の含胸抜背と似ている。これを、下段構えで維持し続ける。

これが地摺り青眼である。

両者の間合いが殆んど限界まで近付いている。男も、一刀斉も下げていた刀を上げた。

擦れ違いざま、太刀を振るった。

そして__

「見えたか__」

一刀斉が言った。

「地摺り青眼の止めよう、しかと見届けたか」

「__地獄の土産に、なり申した__」

そう言うとともに、男は倒れ伏した。

一刀斉は無言で歩きだした。

伊藤景久__世間では、一刀斉の呼び名で知られている。中条流の鐘巻自斉に武芸を学び、師匠を打ち負かして以来諸国を流浪し、名の知れた剣客に試合を挑んで全てに勝ちを得てきた。新陰流の上泉伊勢守の高弟、柳生石舟斉と並んで当代きっての兵法家として名高き人物である。

今、この手で討ち果たした男は一刀斉の弟子であった。現在、彼は己の道統を受け継ぐ後継者を育てていた。だが、それは世間で言うところの免許皆伝とか印可状などと言った物ではない。

"このわしを倒す者が我が後継者なり__"

これが一刀斉のやり方であった。

師より技を受け継ぎ、その技を持って師を超える者__それが、継承者たる者の条件である。だが、それほどの門人は未だ現われてはいない。

今の男で二人目であった。

彼らは何れも一刀斉の門下となり、技を受け継ぎ、そして師匠に挑んで散っていった。

"そうでなくてはならぬ"

彼自身、師匠の自斉に試合を挑み、これに打ち勝って一流を立てた人物である。己もまた、その因果からは逃れられぬものと覚悟は決めている。兵法家として、自らの流儀を残すというのはそのような事であった。世に蔓延る、形式化した流儀の相伝など、数々の真剣勝負を勝ち抜いて今日の名声を築いた一刀斉からすれば論外なのである。

これまで一刀斉は、数多くの勝負を制してきた。そして、今は後継者を育てようとしている。そのきっかけとなったのが、約十年余り前__まだ三十代、血気盛んに強敵を求め、己の剣名をあげんと我武者羅に試合を重ねていた頃だった。

恐らく、当時"上り兵法、下り音曲"と言われた俗語に対抗して、

「上り兵法を下り兵法にしてみせる」

などと意気込んでいた時期であろう。既に数多くの真剣勝負を勝ち抜き、己の生涯最大、あるいは最後になるかも知れぬと挑んだ相手__後世、史上最強の剣客の候補として必ずその名が挙げられる鹿島神道流の宗家、塚原卜伝高幹との邂逅が景久の転機となったのである。

一刀斉は卜伝に試合を申し込んだが、断られてしまった。と言うより、彼の拒絶を自ら受け入れた。否、その老いさらばえた卜伝の姿を見た景久自身が、最早刃を交える気力を失ったのである。

「貴公が近頃名を知られた、一刀斉景久殿か」

淡白に顔をほころばせた卜伝には、最早多くの大敵と命がけの戦いを勝ち抜いた昔日の面影など残ってはいない。そこに座っているのは、年老いて迎えを待つだけの枯れ果てた老人にすぎなかった。

見た目は六十代位にも見えたが、この時卜伝は既に七十の峠を越え、もうすぐ八十に手が届こうかと言う高齢であった。確かにその年齢としては信じ難いほどに矍鑠としたその姿は敬意を表するに値するものがあったとは言え、兵法者としての盛りを過ぎて既に久しく、最早死を賭けた試合に身をさらすような血気はどこにも感じられなかった。恐らく、只の野盗位ならば老いたりとは言え卜伝の敵ではなかったであろう。しかし、一刀斉のような剣客と試合をすることは不可能であろうと思われた。

「見ての通りじゃ。既に老いたこの身で貴公の如き壮者と刃を交えるほどの力とて残ってはおり申さぬ。しかし、このような老いぼれでも切って名誉と成されると申すのならば本望じゃ。既に兵法者としては役にも立たぬこの身なれど、最後に誰かの役に立つならば、如何ばかりかの誉れとして冥土に旅立てると言うものじゃて」

こうまで言われては、無理に試合を挑む訳にもいかない。否、このような老人を手に掛けるような恥など自分自身に許されないのである。ましてや目の前に座すのは、明けても暮れても兵法に打ち込み、自らの命をさらして夥しい実績を残した偉大な先輩、そして今は残り少ない余命を残すだけの老体であった。これを斬り捨てて名高き塚原卜伝を討ち取ったり、などと虚言を吹くなど一刀斉の誇りに掛けて出来るものではなかった。

「了寛して頂けたようじゃな」

それ以来である、景久が己の後継者を育てようと思い始めたのは。

だが__その為には、自分を凌ぐ者を作らねばならぬ。実際に刃を交えて師をも斃す、それが自らの後を受け継ぐ者の絶対条件であると一刀斉は決めているのである。しかし、そのような強者は未だ現われていない。


 


 

ここは大和の国。河内との国境、現在の北葛城郡王寺町、JR王寺駅の近くである。

時に天正十二年。織田信長が家臣の明智光秀により本能寺で憤死を遂げたのが二年前。その仇を討った羽柴秀吉が前年には柴田勝家との間で跡目争いを繰り広げ、現在は徳川家康を相手取って苦戦している最中であり、戦国乱世もいよいよ大詰めを迎えていた。この年は宮本武蔵が生まれ(異説有り)、天下の形勢のみならず、兵法史にとっても重要な時期であった。

大和川のほとり、渡しの船を待つ一刀斎の眼に一人の男が映っていた。年齢は二十三,四と言った所であろうか。そのいでたちからして修験者らしい。山野を駆け巡って厳しい修業に明け暮れたのであろうと知れる、威圧的な野気を全身から発散する巨漢であった。他には誰もいない。一刀斉とこの巨漢だけであった。

一刀斉も大男だが、この修験者はそれに見劣りしない巨体の持ち主であった。

向こうも一刀斉の視線を、只ならぬ剣気を敏感に察知しているようである。

"ほう__"

一刀斉は更に濃厚に、巨漢に気を放った。

互いに目線は交していないが、既に何かを感じ取っている。

「何か御用かな__」

一刀斉には目を向けず、巨漢が低い声で言った。

「用などはない」

一刀斉も何気なく答えた。

「図体ばかりの木偶の坊などに、何も用はないわ」

あからさまな挑発である。

巨漢が一刀斉に向き直った。その眼に、尋常ならざる激情が燃え上がっていた。一刀斉が、冷やかな眼差しで返す。

巨漢が手に持った金剛杖を構えた。一刀斉は腰に帯びた自らの差料を抜かず、渡し船を操るのに使うのであろう、川べりに何本か落ちてある竹の棒を拾った。

巨漢の全身から、凄まじい猛気が立ち込めている。気の弱い者ならばその場に腰を抜かすほどの強烈な気合いであった。

やおら、巨漢が打ちかかってきた。その巨躯が風のような速さで向かってくる。一刀斉は動ずることなく、手にした竹竿で巨漢を一打ちした。

「ぐおっ__?!」

命を奪うほどのものではなかったが、相当厳しく打ちすえた一撃である。普通の人間ならば気絶するか、そこまで行かずとも苦痛で倒れ伏すような打撃だ。しかし、巨漢は倒れる事無く歯を食いしばり、一刀斉を睨みつけている。

怒り狂った巨漢が、遮二無二打ちかかってきた。しかし一刀斉は平然とやり過ごし、再び竹竿で巨漢を打ち据えた。それでも巨漢はひるむ事無く挑みかかり、三度目の打撃を受けた。今度は身体ではない。手にした金剛杖を撃ち落とされ、無手となった。

「どうじゃ」

一刀斉が巨漢に声を掛けた。

「その短い杖では不利であろう。長い得物を拾うて今一度勝負と行かぬか」

「__ぐ」

相手に言われてその通りに竹竿を握るのは屈辱である。その心中を察した一刀斉が、手にした竹竿で巨漢が取り落とした金剛杖を遠くへ払い飛ばす。これで巨漢は竹竿を手にする他なくなった。巨漢は竹竿を拾うとギリギリと握りしめた。屈辱も然る事ながら、今度こそと言う思いに自然と手の内に力が入るのだろう。実際、長い道具を操るのは相当な膂力を必要とする。これならば然程自分が不利な訳ではないはずだった。腕力には自信があるであろう巨漢が、その力の有りっ丈を込めて尺のある竹竿を一振りすると、びうっ、と風を巻く豪快な音が空気を切り裂いた。が、一刀斉はその一振りを己が得物で軽く受けると自然にその勢いを流し、切り返しざまもう一度巨漢を打ち据えた。今度は小手である。

「うあ__!」

打たれた右手は痺れて、彼はいかなる得物を握ることも不可能であろう。勝負は完全に付いた。

「__く」

右手の自由を失っても、未だ左手で竹竿を握りしめ、物凄い目付きで巨漢は一刀斉を睨みつけていた。

「天晴な心意気じゃの」

一刀斉はおどけた調子で言った。

「しかし、勝負はついた。如何にそなたが馬鹿力でも、片手でその得物を扱うのは無理じゃろうて」

巨漢は憎悪の籠もった眼を一刀斉に向けていたが、どうやら勝ち目はないと悟ったらしく、手にした得物をその場に捨てた。

「どうじゃ、お主。わが門人とならぬか?」

出しぬけ、としか思えない一刀斎の言葉に、巨漢は腑に落ちぬとばかりに戸惑いを見せた。

「実はの、わしは弟子を探しておる。自らの道統を受け継ぐ後継者をの」

巨漢は無言で一刀斉の言葉を待っていた。

「そなたの面魂は実に見事じゃ。わしは腑抜けた弟子など取ろうとは思わぬ。どうせ自らの技を譲るのならば、尋常ではない者を弟子にしたいと思うておるのじゃ」

「わしを、弟子に?」

「うむ__」

一刀斉は頷いた。

「断る」

巨漢の返答は或いは当然かも知れなかった。

「そなた、わしに敗れた事を悔しいと思うてはおらぬのか?」

巨漢は答えない。答えられるような心境ではなかった。

「今のままではわしには勝てぬぞ。如何に貴様が腕を磨こうと、わしには勝てぬ。だが、勝つ方法が無い訳でも無い」

巨漢は相変わらず無言で立ち尽くしていた。

「このわしから技を盗む事じゃ。如何に別の師に就いて腕を磨こうとも、それだけでは不十分じゃ。孫子も言うておろう、敵を知り己を知らば百戦危うからず、とな。わしから技を盗み、同時にわしの事を探るがよい。それにの、たとえ腕を磨いてわしに勝つ自信が出来たとしても、相手がどこにいるのかも分らねば話になるまい。ずっとわしに付いて旅を続けておればその苦労もせんで済むわ」

最初は相手の言う事などはなから聞く耳持たぬという心持であった巨漢も、何やら不思議と一刀斉の言い分を受け入れる気になったようであった。

「よかろう」

巨漢が頷いた。

「ただし、わしが貴殿の供をするのは飽くまで貴殿を倒すためじゃ。それでも構わぬと申されるか?」

「うむ」

一刀斉も巨漢に頷き返した。

「尋常の試合でなくともよい。いつどこで、どのような場合でも構わぬ。わしに隙が有ればいつでも襲うがよい。寝首を掻こうが厠であろうが隙があればいつでも狙ってよいぞ。もしもそれで討たれるような者であればわしの兵法など所詮それまでの事よ」

「貴公は兵法者に有られるか?」

「然り。伊藤景久、世間では一刀斉と呼ばれておるがの」

「貴殿が、あの伊藤一刀斉__」

その名を耳にした途端、ふてぶてしかった巨漢の眼に、畏怖の色が浮かんだ。


 


 


 

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