2007年12月27日木曜日

はぐれ弥四郎流れ旅    ~第二章~  巻之壱


 


 


 

「あーん、待ってよ、弥四郎」

「何やっとんねん、早よせんかい」

東海道はどこまでも続く。弥四郎と綾音の道中も始まったばかり。

「もう、弥四郎ったらあ。少しくらい待ってくれてもいいじゃない!」

「アホ」

手甲脚絆に杖をついた、如何にも旅支度に身を固めた武家の子女という格好の綾音を、これまた編み笠に羽織の道中姿の弥四郎が冷ややかに見降ろしていた。

「お前、食い過ぎなんじゃ」

「だってえ__」

つっけんどんに言い捨てる弥四郎を、綾音が恨みがましく睨み返す。

「仕方ないでしょ、お腹すいてるんだもん」

途中、茶店で一服した二人は団子を頼んで腹ごしらえをした。それは良いのだが、また綾音が食べる食べる、その豪快な食いっぷりに弥四郎の方が食欲も失せてしまうほどの勢いだった。

「人のおごりやと思て無遠慮に食いくさって」

「いーじゃない、男なんだから。ケチケチしてるともてないわよ」

「ふん__」

「それに、あたし朝ごはん食べてないんだから。少しくらい奮発してくれてもいいでしょ?」

「はあはあ__」

ワザとらしく目を細めながら弥四郎が頷いた。

「欠食児童に食いモン施すのも功徳やからのう。まあ仕方あらへんわ」

「なによ!」

腹にもたれた団子も大分消化してきたのか、勢いよく弥四郎に食い下がる綾音だった。

「弥四郎のケチンボ!」

「上方モンはシブチンでのう」

二人が同時にべーっとばかりに舌を出して、互いに相手を牽制し合う。

「アホなことしとる暇あらへん」

弥四郎が綾音を無視するように、再び東海道の幹線を歩き出した。

「早よ保土ヶ谷宿に着かにゃ、日イ暮れてまうがな」

「あーん、待ってよ__」

太陽はまだ高いとは言え時刻は昼過ぎ午の刻、いや、未に近い。日が西に傾きつつあった。

「そんなに急がなくても大丈夫でしょ?」

確かにその通りだが、そんな綾音を無視して弥四郎はズカズカ足を進める。

「もー、弥四郎のバカあ、人でなしィ!」

言いながらも置いていかれては堪らないとばかりに弥四郎の後を追う健気な綾音だった。

そんな二人の行く先に現れたのは、黒山の人だかり。

「なんじゃい?」

「なあに?」

弥四郎も綾音も足を留めた。

野次馬に囲まれて対峙しているのは二人の男だった。

2007年12月23日日曜日

はぐれ弥四郎流れ旅    ~第一章~  巻之六


 


 


 

「何か目的でも有るの、弥四郎には?」

「有るな__」

弥四郎は、きっぱりと言い切った。

「俺が修行の旅に出たのは__確かに腕を磨いて己の武芸を向上させる事、それが一つやけど、それも最終的な目的の為の過程と言えるな」

「何よ、その目的って」

「それは__」

弥四郎が、遠い眼を空に向けた。

「有る人との約束の為や」

「約束?」

「そうや」

弥四郎が、何かを思い出すかのように視線を虚空に放った。

「試合の約束や」

「試合?」

「そう__」

綾音の言葉に頷くように、弥四郎が空に向けていた顔を下に降ろした。

「あれは、俺がまだ、五、六才位やったかなあ、その人が俺の住んでる大和の国へ立ち寄ったんや。強かった。その人の強さに、俺はガキながら戦慄を覚えた。その時、俺は約束したんや。俺が大人になって、一人前の兵法者になったら、試合を受けて欲しいてな」

意外に純真な弥四郎の思い出話に、綾音も素直に聞き入っているようであった。

「勿論、子供の言う事や。多分その人は俺の事なんか憶えてはれへんやろう。せやけど、俺にとっては生涯を決定するほどの約束やったんや。俺の祖父も兵法者でな、それで自分も一流の武芸者になるて決めとったんやけど、その人との試合を目標に、俺は今日まで修業に明け暮れ、ひたすら己を磨いてきたつもりや」

「へえ__」

何やら、思わぬ美談に綾音もついつい聞き入ってしまっている様子である。

「それで、さ__」

綾音が遠慮気味に口を挟んだ。

「その、弥四郎が約束した人って、なんていう人?」

「その人の名前は__」

今一度、弥四郎が天を仰いで言った。

「新免宮本武蔵玄信殿や」

弥四郎は、あらん限りの想いを込めてその名を口にした。

綾音は無言であった。

暫し、意味不明の沈黙がそこに漂っていた。

「なんじゃい?」

綾音が、伸びあがって弥四郎の額に掌を当てていた。どうやら熱を計っているらしい。

「一体なにやっとんねん」

「アンタねえ__」

綾音が呆れたように言った。

「相手が誰だか分かってんの?宮本武蔵よ、宮本武蔵!」

心底どうしようもないという口調で、綾音が言った。

「武蔵って言ったらあれでしょ、やっぱり、あの宮本武蔵」

「当り前じゃ」

弥四郎が言った。

「宮本武蔵ちゅうたら他にどの武蔵殿が居るねん」

宮本武蔵には複数説がある。彼は武術でも剣術から杖術、鎖鎌に無手勝流など多数の流派を残している上、兵法のみならず書画や彫刻、絵画などで多岐に渡る才能を発揮している為、それぞれの分野での名人が宮本武蔵を名乗って御互いの宣伝に使ったというのである。

「アンタねえ__」

今一度、綾音が弥四郎に言った。

「相手が誰だか分かって言ってんの?」

「当然」

弥四郎も、綾音に負けじと踏ん反り返って答える。

「宮本武蔵でしょ?あんたなんかが敵うワケないじゃない!アタマおかしいんじゃない?」

「そらそうかも知れん」

弥四郎も、否定はしなかった。

「あの宮本武蔵なんでしょ?弥四郎なんかが束になって掛って行っても勝てる筈ないでしょ」

「そらまあ__」

答える弥四郎の声が低くなっている。確かに否定はしないが、流石にここまで言い切られると余り気分の良いものではないようだ。

「よしなさいって、幾らなんでも相手が強過ぎるわよ。宮本武蔵って言ったら、五十回以上試合して負けた事無いんでしょ?室町将軍兵法指南役とか、細川家の佐々木小次郎なんかに勝った、日本一の剣客なんでしょ?弥四郎が幾ら腕に自信があるって言っても、武蔵に勝てる道理なんてないわよ!」

弥四郎を止める綾音の口調が、厭に熱を帯び始めている。

「今の日本で、宮本武蔵に勝てる武芸者って言ったら一人しかいないわよ」

「誰や?」

「決まってるでしょう」

綾音は、胸を張って、自信を持って言い切った。

「あたしの十兵衛様よ!」

またしてもそれか、と言うように、弥四郎がゲンナリと肩を落とした。

「綾音は?」

「え?」

弥四郎の質問に、綾音が不思議そうな顔を見せた。

「綾音は、なんでこないな所に居るんかいな」

聞きながらも、正直弥四郎も及び腰である。何せ先程、言い方は幾分ぞんざいであったものの当人の身を案じて言った言葉に激怒しただけに、このような質問に対してまたも癇癪を起しはしないかと心配な弥四郎であった。

「__」

綾音は言葉に詰まった。

矢張り、あまり聞かれたくないらしい。

「あ、言いとう無かったら無理に言わんでも……」

「んー」

うつむく様におとがいを引いて、綾音は考え込んでいる。

「言いたくない」

弥四郎の方に向き直ると、努めて明るく綾音は答えた。

「だから言わない」

それだけ言うと、弾む様な足取りで駆け出した綾音は、元気にこちらを振り向いた。

「ほら、弥四郎、早く早く!さっさと来ないと置いてくわよ」

「はははは__」

こうなると弥四郎も、力無く笑うしかなかった。

二人が進み行く東海道に、風が吹いている。

空はどこまでも青かった。


 

2007年12月10日月曜日

はぐれ弥四郎流れ旅    ~第一章~  巻之五


 


 


 

「弥四郎、兵法者って言ってたわよね」

「言うたぞ」

綾音の質問に、堂々と答える弥四郎であった。

「やっぱり、武者修行の旅してるわけ?」

「それ以外に何が有るねん」

「じゃあ、ずっと上方の方に居たの?」

「いや__」

弥四郎がふっと空を仰ぎながら言った。

「ついこの間まで江戸に居った」

「江戸?」

「うん」

意外な答えに、綾音が目を見開いた。

「何、旅の途中で江戸に寄ってたわけ?」

「いや、そうや無うてな」

弥四郎が綾音の方を振り向きながら言った。

「江戸に住んどったんや」

「うっそー?!」

その、丸出しの上方訛りから近々まで彼が機内に住んでいたとばかり思い込んでいた綾音は、弥四郎の言葉に頓狂な声を上げた。

「かなり永い事居ったでえ。六,七年は住んどったかいな」

「なんで?」

「なんで、とは?」

「なんでそんなに永い事江戸に暮らしてるのに、上方言葉が治らない訳?」

「厭な言い方すんな」

弥四郎は、その種の考え方に対し恐らく関西人が時代を超えて等しく抱くであろう極々平均的な感想を口にした。

「上方の人間が、なんでわざわざ江戸の田舎言葉なんぞに合わせなあかんねん。五畿内は太閤殿下の時代から、更にその前から京の天子様もおわす日本の中心やないけ」

踏ん反り返って関西人の誇りを口にする弥四郎に、綾音は何となく親しみを深めた様な想いだった。

「せやけど、一応武家言葉位は喋れるけどな」

「へえ」

「意外におわしますや?」

言った途端に取って付けた様な武家言葉を口にする弥四郎であった。

「拙者とて武士の端くれ、御城内に在っては宮仕えの身に候えば、些かなりとも武家のたしなみは心得て御座る」

「御城内?」

弥四郎の言った、思わぬ不用意な一言に綾音が耳ざとく反応した。

「御城内って、まさか……」

「ああ__」

しくじった、と言うように弥四郎がそっぽを向いた。

「まあな__」

ここでその話題を打ち切りたいという内心を、相手にも分からせようと露骨に態度に表わす弥四郎だったが、綾音は容赦しなかった。そんな綾音の目線に抗しきれず、弥四郎は仕方なく言葉を継いだ。

「江戸城で勤番やってたんや」

「ええー!?」

またまた綾音がけたたましく声を上げた。道行く旅人が、何事かと振り向くほどの声音だった。

「弥四郎って、御旗本だったの?」

「ん、まあ__」

弥四郎が、曖昧に言葉を濁した。

「親父が直参でな。それで俺も一応登城して色々__」

「へえー__」

綾音が目の色を変えて弥四郎を見返した。

「弥四郎って、凄いんだ、意外と」

「何が」

「だって、天下の御直参でしょ」

そう言うと、弥四郎が鼻で笑った。

「要するに毎日毎日登城して、日がな一日無意味な役所勤めして、それだけで無駄飯頂戴しとるんやから、直参言うんは結構な商売やで」

「んもう」

綾音が、またしても機嫌を損ねて唇を尖らせた。

「何よ、折角褒めてあげてんのにイ__」

「褒めるてなあ」

弥四郎も嫌そうな顔で言った。

「そないな肩書褒められてもちっとも嬉しうないわ」

「弥四郎のへそ曲がりイ」

「ふん」

綾音に負けじと、弥四郎も口元を歪めて対抗する。

「実際、城勤めて、何やっとった思う?」

「知らないわよォ、そんな事」

「何百石たら言う旗本が、日がな一日詰めの間で時間だけ潰して、刻限になったら将軍の御膳運んだりなんやで、ろくな仕事もせんと目の玉飛び出るほどの俸禄取りくさるねんから、ホンマ何考えとるねん、全く」

「へえ__」

普段考えたことも無い話だけに、綾音もただ弥四郎の言葉に相槌を打つだけであった。

「わしも、別にやる事言うたら何とてないのに時間だけ潰して終わり。ろくろく武術の稽古もでけへんかったわ」

「そう言えば、弥四郎って兵法者だって言ってたわよね」

先程口にした言葉を、今一度繰り返す綾音であった。

「そうや」

「武者修行の旅だって言ってたわよね」

「はいはい」

「じゃあ、特別に目的なんてないよね?」

「うーん……」

綾音の言葉に、弥四郎が首をひねった。

「何、なんか目的有るの?」

「まあ、有るというたら……」

妙に意味有り気に、勿体つける弥四郎であった。

「自分を鍛える事?」

「ま、それはそうやけどな」

弥四郎が、更に意味深な態度で言った。